2014/09/24

前回の左手デバイスRazerTartrusの導入記に引き続き、今回はワコムの液晶タブレットCintiq13HDの導入記です。

イラスト制作用のペンタブレット(以下、板タブ)は10年ほど同社のintuos3を使用していましたが、表面の汚れやキシキシというガタツキを感じるようになったため、買い替えを考えていました。
そこで、どうせならと、ずっと興味のあった液晶ペンタブレット(以下、液タブ)を検討し始めました。

ちなみに本日までの間にintuosは4および5の二世代の新型がリリースされましたが、僕の知る限り、変化したのはワイヤレス化と筆圧階調(1024階調から2048階調に)、そして簡易ショートカットを設定できるラジアルパッドくらい。
今のところ階調は1024でじゅうぶんだし、僕は作業中に意図しないご操作の起きやすい板タブ本体のラジアルパッドやボタンをあまり使いません。
したがって、板タブから板タブという買い替えについてはあまり大きな性能アップは期待できないと考えていたのです。
だからといって、じゃあ液タブに、ということには少し懸念がありました。

実は以前、大型のCintiq22HDを導入しようと検討したことがあり、ワコムさんから直接レンタルして試用した経験があるのです。(過去ログはこちら)
その際の感想は、直接モニタに描けるという以外、使いにくいところばかりが目立つというものでした。
巨大な画面でのびのび描けるのではないかという期待に反し、重い・大きい・暑い(発熱する)、そしてキーボードのショートカットが使えないという大きなデメリットによって「不要」を結論づけ、導入は見送ったのです。

小型の13HDが発売となったのはそのすぐあと。
「大きさ」の問題が解決され、店頭で触ったり周囲の反応を見聞きして興味が湧き、価格がこなれてきたので、もう一度試してみてもいいかなと、という気持ちになりました。
そこでエイヤッと導入に至ったという経緯です。


【本体】
大きさはこれまで使用してきたintuos3の630モデル(A5サイズ)とほぼ同じです。描画範囲が最近のモニタ規格に準じて横長のワイドになっています。
ハーネスは、PCの側が電源・USB・映像入力の三つ股になっており、液タブ本体側で統合されて一本で接続。
映像入力は通常のDVI端子ではなくHDMI端子なので、ビデオカードあるいはノートPCにこれがあるかを確認しておくことが重要です。
付属のプロペンは板タブ時代のものよりも短いですが、使ってみると差異は皆無。描き味は10年たっても殆ど変わりません。
装着済みの1本を含めて10本のペン先もついています。

【使用方法】
液タブを導入するのは、モニタがもう一台増えることと同じなので、現在のデュアルモニタ(2台)環境はトリプルモニタ(3台)に増えるということです。
物理的なポジションは、二台の液晶モニタの手前に新たな小型モニタが増えるイメージ。
いろいろ試した結果、液タブは3つ目のモニタとして設定するのではなく「デスクトップの複製」で、メインモニタと同じ画面を表示させることにしました。
理由は、アプリケーションの起動/終了座標がメインモニタ外にあることが不都合なことと、表示発色が通常のモニタとやや違うということ。
逐一色の選択を液晶モニタでチェックするのには、メインモニタと表示が同期されている方が便利です。
なお、本体には液タブを傾けるスタンドが付いており、一般的には水平からややナナメにして使う人が多いようですが、照明や環境光が液タブに反射することを防ぐには水平に使うほうが便利です。また、水平のほうがキーボードにもアクセスしやすいように思えます。


繰り返しますが、僕が13HDに一番注目しているのはそのコンパクトさ。
大型の液タブと違って、板タブと入れ替えにするだけでレイアウトや作業スタイルも換えずに済みますし、個人的に最大の懸念だったキーボードとの併用も問題なく、ショートカットもそのまま使用できるという点。これが22HDや24HDと一線を画す部分でしょう。
更に、大型の液タブのように手のフォローすべき範囲が物理的に広くなることもないので、板タブのコンパクトな範囲のまま、利き腕のストレスを増やさず描くという作業を維持できます。

このような期待をもって、ほぼ一ヶ月、これまでの板タブと同じ作業を行ってみました。

結果、意外なことに、メリットと思っていた部分がそこまで有効でなく、むしろ、液タブに変えたのにその恩恵をあまり感じられないという残念な印象に。
特にコンパクトさがそのままデメリットになったことに唸らされました。

まず、誰もが予想していると思いますが、HDサイズの画面を13インチに映すというのは、やはり視認性的に小すぎです。
このため、全体を見渡しても細かいアラは見つけにくく、結果的にメインモニタ頼りになることが多くなっていました。
そんな事情から拡大/縮小ツールの使用頻度は増えるので、結局、視野が広く色も正確なメインモニタを使用するほうがラクなのです。
22HDでは「大きい」と感じ、13HDでは「小さい」などと言ったらワコムの人に怒られそうですが、やはり液タブが液晶モニタにとってかわることがない理由はそこにあるのかもしれません。

また、悪い意味での存在感は13インチにおいても健在で、間近で液晶画面が発する光熱が結構煩わしい。
13HDでは「熱い」と感じることはあまりないものの、目が発光体に近くなるので、作業が長時間に渡ると、紙に描くより目が疲れます。

そして、直にモニタに描くことで手が重なった部分は見えなくなるということ。
特にIllustratorでトレースの作業を行っているときなどは、直前に打ったベジェ曲線のアンカーポイントのハンドル方向が利き腕に隠れて、次に打つべきポイントを見失ってしまいます。
そんなわけで、トレース作業は完全にメインモニタのまま。液タブを板タブと変わらない方法で使用しています。
紙に描いてる時は当然の話だったはずなんですが、液タブに変えて解決されたことを忘れてました。皮肉な話です(笑)

ただ、これは失敗かなあ、と感じる一方、10年間使ってきた板タブを一瞬で圧倒する面もありました。

それは「線を描く」という作業。
なめらかなカーブや下絵をなぞるような作業についてだけは、板タブにあった手と視点の間のギャップがゼロになり、紙への直感的な描き味が取り戻せます。
完全に慣れたと感じていた板タブでの描線が、どれだけぎこちなかったかを知ることになりました。
フリーハンドで大量の線を描くマンガ家や、クッキリとした線をザクザク描くようなタッチの、とにかく作業割合のほとんどが描線というイラストレーターさんについては、おそらくとても快適に制作できるはずです。
しかも直接液タブ上に定規を置いて線を描いたり、液タブそのものをグルっと回すことができるので、描線作業はムチャクチャ早くなりますね。


残念だったのは、僕がそういうタイプのイラストレータではなかったことです。

基本が水彩タッチイラストで、色の選択や細かい部分の境界を消すような、13HDの特長に反するような作業のほうが多いので、なかなかその利便性を駆使できないのです。
たぶん、主線の多いマンガや、色境界のハッキリしたイラスト制作の仕事なんかは効率よくなるとは思いますが、そのためだけに液タブを持っているのはロスが多いと思います。
また、ピクセル単位の精密さを必要とするようなデータやデザイン制作にも、画面の小ささや色の再現力の点から不向きです。

というわけで、13HDは良くも悪くも紙描画のアナログ的な作業を要求されるツールで、使用者を選ぶ事があります。

フリーハンドの描線が多いという作業が多い人、あるいは、板タブにどうしても馴染めず紙感覚の描画がしたいという人、そのうえで僕のように省スペースで他のデバイスと共存させたかったり、持ち歩きたいという希望がある場合は、13HD以外には最適だと思うのですけどね。

逆に、既に板タブに習熟していて「困ってない」人には、たぶん不要です。
メンテナンスや、液タブに慣れてしまった時の買い替えコストも増えますしね。

個人的には、ちょっと期待に応えてもらえず残念でしたが、ワコムの最新タブレット技術が小さなからだにしっかりと組み込まれ、快適な使用感は満たしている製品でした。
このレビューを読んで適正を感じる人には導入の価値はあると思います。

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